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登ることに人生を掛けないシンプルライフを送る


支出を無理に抑えることと、シンプルライフは根本的意識レベルが異なる

シンプルライフを具現化されていらしゃる方の年収はまちまちです。100万円から200万円程度の方もいます。彼らの生活に無駄はありません。

自宅内は常に整頓されており、必要なもの以外は存在しないため、あたかもホテルの一室のようです。また、労働時間は週3日程度であり、残りの4日間を彼らは自分のために過ごしています。

しかしながら、このようなライフスタイルに賛同し、自分もトライしてみるものの、少ない収入の中で、支出を最小限に抑えるのはストレスが伴うとおっしゃる方もいます。

「お金がなければ結局何も買えないし、どこにもいけない。日々の生活はひもじく過酷だ」

このように感じられる方は、実はシンプルライフの真の意識改革に成功していません。

欲望を抑えることは、精神的に好ましいものではありません。また、そもそも長く続くものではないでしょう。

使うお金は労働によって得ている。よってお金を使わなければ労働時間を圧縮できる

では、欲望を抑えることなく、支出を極限まで抑えるには、どうすれば良いのでしょうか。

それは、お金を使うことが過酷な労働を強いられることに等しいと理解することです。

私たちは、労働対価によりお金を得ています。このため、ティッシュペーパー一箱を得るためにも労働が不可欠です。まずはこれを十分に理解することです。そして、お金を使うことと労働を天秤に掛けるのです。

もし、自由にお金を使うことさえできれば、過酷な労働は厭わないと思われるのであれば、シンプルライフを具現化する必要性はありません。あなたは頑張って日々働き、そしてより多くのお金を得て、それを使えばよいからです。

一方、シンプルライフを目指される方の多くは、人生における自由な時間を重視しています。この時間を得るためであれば、策は厭わないのです。ですから、支出については貪欲に考え、無駄なものを一切排除しています。支出を無理矢理抑えているのとはニュアンスが異なるわけです。

彼らには、その対価として得られる自由な時間こそが、最も欲するものといえます。また、考えれば簡単に削減できる支出は、資本主義社会には数多く存在するものです。そのすべてを考え、そして準備をして段階的に実行していけば、お金をさほどかけずとも生きてくことが可能となり、その分の労働を削減することができるわけです。

登ることによって得られる価値と、登らないことによって得られる価値の相違

なお、シンプルライフを実現している人の中には、豊富に使える時間の中で、頻繁に旅にでる人も少なくありません。海外を放浪する方もいらっしいます。

また、彼らには、昨今深刻な問題となっている就職難の問題もありません。日本において年収100万程度を稼ぎ出す仕事は、いくらでも存在するからです。

「一流大学を卒業し、上場企業に就職。出来うる限り上を目指す」

一般的な考え方において、この夢は立派なものだといえるでしょう。しかし、シンプルライフを送る人々は、それによって失うことになる部分に注目しています。日々の過酷な通勤時間、ライバルとの戦い、潰されそうな重圧、過酷で長時間の労働、突然の解雇に対する恐怖、それらのすべてを捨て去った人生に魅力を見いだしているわけなのです。

どのような人生を送るかは、本人が決定すべきものです。しかし、昨今の過酷な就職状況や就業状況を見るに、どちらが素敵な人生であるかは、簡単には判断しかねる業況です。

登るだけが人生ではないことも、私たちは知っておく必要がありそうです。

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あなたは現在、充実した人生を送られていますでしょうか。思い通りに自由に生きていらっしゃいますか。あなたの人生は一度しかないはずです。しかしこの貴重な時間を、空虚感を持ったまま過ごしてはいませんでしょうか。あなたは本来、もっと自由に羽ばたくことができます。思い通りに自由な人生を生きる資格を持っているのです。自由になるための仕組みを知る一部の人間は、自由を謳歌し自らの欲望をそのままに、人生を生きているものです。ですから、あなたも気づくべきなのです。そして、本来あなたが持つ自由を手に入れるべきなのです。それでは早速自由になるための方法を学んでいくことにしましょう

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